Research

対象物記憶を生み出す
脳のメカニズムと
神経疾患における失調

私達は過去の経験を、「いつ」、「どこで」、「何を」したか、という形で記憶します。このことから私たち脳科学者は、時間記憶(いつ)、場所記憶(どこで)、対象物記憶(何を)の三つの要素によって、記憶が形成されると考えています。

過去の研究から、脳の海馬(かいば)と嗅内皮質(きゅうないひしつ)と呼ばれる領域には、場所記憶を担当する場所細胞 (place cells) と グリッド細胞 (grid cells) があることが明らかになり、この発見は2014年のノーベル医学・生理学の対象となりました。

しかし、残る 対象物記憶と時間記憶を司る神経細胞が、脳のどこにあるのかは、よく分かっていませんでした。

五十嵐研究室では、対象物記憶を形成する神経細胞が、脳の「外側嗅内皮質(がいそくきゅうないひしつ)Lateral Entorhinal Cortex」と呼ばれる部位に存在することを発見し、対象物記憶の研究で世界をリードしてきました (Igarashi et al., Nature 2014; Lee et al., Nature 2021; Jun et al., Nature 2024)。

医学実験では、マウスを用いた研究法が最も進んでいます。マウスにとって、いちばん覚えやすい対象物は匂い(嗅覚)です。私達の研究室では、匂いを使った記憶タスクをマウスに学習してもらい、その記憶を行っている際に神経細胞の活動電位を記録する実験(電気生理学実験)を行っています。


不思議なことに、アルツハイマー病患者さんの脳では、この外側嗅内皮質の神経細胞の活動が一番最初に失調することが知られています。
しかし、なぜ外側嗅内皮質が最初期に失調するのか、その理由はまだ分かっていません。

この「外側嗅内皮質 特異的な脆弱性」のメカニズムが解明できれば、アルツハイマー病の有力な治療法につながるのではないかと考え、私たちは研究を続けています。

私達の研究室では、最先端のシステム神経科学技術を用いて

  1. 健康な脳において、脳がどのように対象物記憶を形成しているのか?
  2. アルツハイマー病などの神経疾患において、嗅内皮質がなぜ早期に失調するのか?この失調を食い止めることで、疾患の進行を遅らせることはできないのか?

の主として二つのテーマについて研究を行っています。